「幼児教育」が人生を変える、これだけの証拠
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幼児教育の経済学
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ジェームズ・J・ヘックマン著/大竹 文雄 解説/古草 秀子 訳
「自発的選択によって生じる計測の歪みを修整する方法を開発した」ことにより、2000年にノーベル経済学賞を得た。そのヘックマンが効率と公平を両立させる社会政策として、幼児教育への公的関与を提唱した小書である。原題:Giving Kinds a Fair Chance, 2013
ヘックマンの主張の後に、様々な分野から10人の批判的コメントが収録され、さらにヘックマンの反論が添えられている。最後に、大竹 文雄教授(大阪大学)の解説が載っている。
以下、気がついた部分のみをメモしておく。
アメリカの不平等は拡大している。しかし適切な社会政策を施せば、技能労働者と単純労働者の分裂は阻止できる。適切な政策は、最善の科学的証拠によって裏付けられ、政策の利益と費用を換算して実行されなければならない(10)。
社会政策の策定には3つが必要。(1)認知的スキルだけでなく、非認知的スキル(肉体的な健康、精神的な健康、注意深さ、意欲、自信などの情動)も必要。
(2)アメリカでは過去40年間、家庭環境が悪化している。揃った両親や収入は二次的な問題であり、家庭の生活の質が根源的な問題。
(3)幼少期を焦点とした社会政策によって、問題の改善が可能。機会の平等と経済の発展が同時に実現できる(11-12)。
公教育は認知力テストを重視してきたが、人生の成功は別の要素もあることがわかってきた。意欲、長期的な計画を実行する力、他人との協働に必要な社会的・感情的制御(17)。
氏か育ちか、という論争。epigeneticsの発展によって、この二分法が時代遅れとわかる。両者は相互作用という最新研究(21)。
いくつかの観察結果あり。環境を変化させて、子供の重要なスキルを向上させることは可能(28)。ペリー就学前プロジェクト(29)。
幼少期への介入は、公平性と効率性の二律背反関係がほぼ存在しない。収益は費用を上回る。思春期以降の介入では、費用が高くなり、収益が低くなって、この二律背反が出てくる(35)。
介入プログラムの提供者に、民間セクターを参加させること。多種多様な視点から検討できる。民間と行政の共同作業によって、効果的で文化の違いに配慮する(37)。
費用。プログラムは全国一律とするが、費用は家庭の収入に応じてスライド制とする(38)。社会的スキルや性格的スキルは20代のはじめまで発展可能(39)。
再分配政策はある時点では確実に社会の不公平さを減少させるものの、長期的には、それ自体では社会的流動性や社会的包容力(他人を排除せずともに生きるという考え方)を向上させない、という研究がある(40)。
事前分配は、恵まれない子どもの幼少期の生活を改善すること。これは社会的包容力を向上させる。しかも経済的に効率的(40)。社会政策は適応性のある年少期を対象とせよ。家族の大切さ(42)。
●専門家のコメント
<1>ローズ:支持するが、2つのコメント。(1)成人向けプログラムにも注意を。統計分析と実体験の記録がどちらも必要。
(2)認知的スキルと非認知的スキルの二分法はやや危険。ハード(読み書き、数学など)とソフト(責任感、忍耐力、協働)は現実には混じり合っている。
ヘックマンの議論は政治理念の一部を避けている。問題の根本原因を避けている。
<2>ウェスト:有望だがいくつかの疑念がある。(1)一人親の逆境に注目していない。母親による子育てばかりに注目している。
(2)その提言が直面する政治的な困難さを理解していない。未婚女性、有色人種の女性、貧困層の女性をひとくくりにして、子育てに適していないと烙印を押している(55)。
<3>マレー:幼少期への介入について、データが信頼できない。サンプル数が少ない。実施と評価を分離した研究を(59)。
小規模の実験的努力は成果がある。しかし綿密な設計によって大規模に再現しようとすると、効果が薄くなる(62)。
<ドウェック>大賛成だが、誤解も招く部分がある。思春期の子供向けに、非認知的な要素を入れた安価で効果的な介入があるとしたらどうか(64)。
決め手となる要素を特定して、それに集中する必要がある。思春期にも効果あり(66)。
<デミング>すべての恵まれない子供にプログラムが届くことが重要(71)。
<マクラスキー>ヘックマンは正しいが、その効果の大きさやどのように測るかはまだ問題(73)。証拠として挙げられた2つのプロジェクトは、成果が実は小さい(76)。民間団体は単独で活動すべき。失敗すればすぐに手を引ける(78)。
<ラロー>ヘックマンは家族しか取り上げていないが、家族の接触する社会的機関も重要(79)。保育所、公立学校、社会福祉事務所、医療保険サービス、雇用主、警察、裁判所。不平等を生み出しているこうした社会的機関の役割を軽視しないこと(83)。
<アルマゴール>ヘックマンの議論には落胆。効果的なプログラムをつくるには何が必要かという観点が抜けている(85)。社会科学を研究する人は、この仕事に当たる。見返りではない(89)。
<スウィフト&ブルグハウス>説得力があるが、その実現には大きな壁がある。一部に介入するのではなく、全員に施策を提供すること(94)。悪い親だと烙印を押させない。
<カナダ>問題はカリキュラムではなく、将来の展望や政治的な意志が欠如していること(97)。考え方を変えるのが必要。
●再反論
厳密に評価されたプログラムのみを取り上げている。自発的に参加するものであり、烙印を押さない。親や子供に補足的な助けを提供する(108)。
●大竹解説
経済学は認知能力に限ってきた(110)。相対的貧困率:所得が低い方から順番に並べ、50%目の人の半分以下の所得しかない人の割合。16.1%。2000年代になって、貧困率は5歳未満となる。その親が貧困だから(120)。
資源は限られているから、他の社会政策と比べ、幼少への介入が効果あることを説明していく必要がある(123)。
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